上野信一・パーカッション・エッセイ
秀れた打楽器奏者になるために

1回 序論

年若い子供たちから社会人に至るまで、広範な人々が演奏を楽しむ様になり、かつてはプロの演奏団体か

C Dでしか聴けなかった楽曲が、アマチュアの方々によって頻繁に演奏されています。
しかも、その演奏の中には音楽を専修している音大生顔負けの演奏も決して珍しくありません。

(音大生諸君、こうした事態をどう受け止めるのか!)


私自身、吹奏楽コンクールの審査員としてアマチュアの方々の演奏を聴く機会がありますが、

前述のような素晴らしい演奏に励まされる一方で、奇妙な現象を目にすることがあります。
何が奇妙かと言えば、全体としてはかなり良い演奏をしているのに、

なぜか、打楽器のグレードが他のパートに比べて意外に低いことです。バランスが悪かったり、

歌っていなかったり...。なぜでしょうか?

打楽器は他の楽器のような具合には指導することができないと感じて

指導が徹底しないことがあるのでしょうか???
あるいは打楽器に関する知識が不足しているために、つい気後れしてしたり、

苦手意識が先立ってあまり深く扱わずに済ませてしまうのでしょうか???

このように打楽器に関連した諸状況を考察してみると、

打楽器に関する問題や課題はかなりたくさんあることに気づきます。

ひとくちに打楽器と言っても本当にたくさんの楽器がありますが、

一体どのくらいの種類があるのでしょうか。1000種類? 5000種類?

この質問には私自身も首をかしげてしまいます。

要するに記憶できないくらい有るわけです。

そもそも世界中で発生した打楽器は「所変われば品変わる」で、ある国の山を一つ越えれば楽器も

呼び方も違うという具合に、それを生んだ地域社会の文化や地方 事情によっても変化を遂げて、

同種類の楽器であってもシステムや仕様が異なっていたりする例はけっして少なくないのです。

ですから個々の例を挙げていくならば収拾がつかないくらいほど多いのです。
ですから、打楽器奏者はそれら数多く存在する楽器の種類とそれらの特性を

よく学び、奏法を体得する必要があります。

打楽器は誰でも打てば簡単に音が出てしまう。ここがちょっとコワイところです。

なぜ怖いかは、打楽器が全てを台無しにしている演奏を聴いたことがある皆さんなら、

すぐに理解できると思います。


ですから打楽器奏者は一歩間違えれば、単なる破壊者になるか、あるいは、

クライマックスを演出して音楽を新たな素晴らしい領域に高められるかどうかの

瀬戸際で勝負しなければならず、常に強い意志と使命感を持って取り組まなければなりません。
しかも一人でその重責を担うと言う点で、これはなかなか一筋縄ではいかない、厄介な楽器なのです。

さて、「打楽器」と一言でいってもタムタムや大太鼓のように音程を識別できないほどの低い音の

楽器から、トライアングル、シンバルのように全ての音が耳で聴き取れないほど高いピッチの出るもの

まで、あらゆる音域のものがあります。要するに、他の楽器でいえばピッコロからチューバまでを

一人の奏者が受け持つよ うな、広い守備範囲を持っているわけです。
管・弦楽器以外のものすべてと言っても過言でないぐらい、音楽に用いるものすべてが総合的に

パーカッションとして扱われるのです。ですから、こうしたパーカッションというグローバルな楽器を

修得しようとする人が明確な目的意識とアプローチの方法を持っているか否かは

結果を大きく左右すると言えるでしょう。


「打楽器を上手に演奏したい!」これは誰もが素朴に持つ願望ですね。

確かに、そのような願望を強く持つのは打楽器が上達するための一つの動機にはなりますが、でも、

ただ漠然と「上達したい!」と思って頑張ったからといってそれで結果がついてくるわけではありません。

では、どのように努力していけばいいのでしょうか?

私の常々考えていることを幾つか取り上げてみましょう。

第一に、音に対する感性を育て、磨き上げること。音程感、音色感、音の質、音の質量、

そして音の速度感.....。これらを感じ、把握できるようにすること。
これは、自分の出す音を効果的に処理するために必要不可欠なものです。

例えば音程に自信があれば確信して自分の音を出せるし、他の人と同調することもできるし、

それによって表現能力を大きく拡大することができます。
音色についても、「打って出た音がその楽器の音だ」と単純に絶対化してしまわず、

音楽の一つ一つの音が持つカラーをイメージすることによって、それらの組み合わせで生じる

音の織り成すシラブルを表現して音楽的な言語を使い分けたりすることも、

そうした感性を養うことによってできると思います。


第二は、「上達するための技術的な訓練」です。
これを第一でなく第二においたのは、いくら技術的な面で優れていたとしても、

それが常に音楽的に作用するかどうかは保証されないからです。

言い替えれば、 音をふさわしく扱う感性がないなら、単なる「たたき屋」にとどまってしまいます。

打つ技術を体得する前に音に対する意識を育てないといけないと思います。

第三は、演奏しているときに生じるさまざまな状況に対処する判断力、決断力、包容力、敏捷性、

順応性などの重要性を意識して培うように心掛けることです。
例えば、ある打楽器奏者が判断力や決断力に秀でていれば、アンサンブルにおいて

自分がテンポの設定の点でリードしなくてはならない場合、また、音楽にズレ やダレがある場合に

豊かな包容力を持った打楽器が効果的に入ることによってうまく音楽をまとめ、

それにふさわしく建て直すことができるかもしれないのです から。

こうした特性は、打楽器のみならず、あらゆる演奏家に絶対不可欠な要素と言うことができます。


特にパーカッションにおいては、演奏に用いる楽器が常に楽音を発するものであるとは限らないし、

一つ誤れば音楽そのものを破壊しかねない場合があるからです。
しかも打楽器奏者はほとんどの場合ソリストです。音楽の微細な部分においても、

またクライマックスにおいても重要な役割を充分担っていけるよう、

私は打楽器を体得しようとする皆さんが、これらのことをよく銘記しておいてほしいと

心から願っています。そうした明快な目的意識を持って練習に臨めば、

必ず秀れた打楽器奏者になれるでしょう!。

次回からの「秀れた打楽器奏者になるために」は、それぞれの打楽器の演奏に必要なことがらや

奏法について扱っていきます。

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