秀れた打楽器奏者になるために

第5回 打楽器奏者とスティック&マレット

2017年09月05日 更新

私のマレットにまつわる経験

「Symphonie Fantastique」(幻想交響曲:ベルリオーズ作曲)は数あるフランス音楽のレパートリーの中でも重要かつ代表的な名曲ですが、その日のリハーサルはテレビの録画ということもあって、私は何か特別な意識で演奏に臨もうと思いました。とは言っても何か奇抜な考えや、独創的な発想があった訳ではありませんが、その時、頭に閃いたのは「今回は今までと違うマレットで演奏しよう!」という発想でした。

御存じの方もいらっしゃるとは思いますが、この曲の中には「スポンジの撥(バチ)で」と指定された部分があります。それで私はその部分を楽譜の指定通りのマレットを使用してみようと思い立ったわけです。私は学生時代からの恩師である故、小森宗太郎氏(日本の交響楽史の初代ティンパニ奏者でNHK交響楽団の前 身であった秦(しん)響発足当初から、NHKを退団するまで、33年間、ティンパニの首席を務めた)や、マレット製作で著名な佐藤英彦氏(元日本フィルハーモニー交響楽団打楽器奏者)のお二人にマレット作りのノウハウを教えていただいていたので、自分で作った新しい画期的なマレットを持参してその演奏に臨みました。

そのマレットは私のオリジナルでまだ誰もそのようなマレットで演奏している奏者はいないのですが、いわゆるtwo tone マレットのような音の出せる自作のものでした。

その一風変わったマレットを手にすると他の打楽器セクションの同僚たちは一斉に私に注目しました。

もちろん私は普段と変わらぬ様子で、「Oui, C’est la baguette d’eponge!」(これがスポンジの撥だよ!)と一言つぶやきました。私は自分の胸の高鳴りを抑えきれず、休憩時間に指揮者のミッシェル・プラッソン 氏(欧米ではフランス音楽の大使と評されている)にそのマレットを見せに行きました。すると彼は目を丸くして今まで見たことのないマレットを自分の手にとり、「fait voir encore !」(もう1度見せてくれ!)とつぶやくや、それを手にしたまま急いでティンパニのところへ行き、にこりと微笑んで私を招きました。

それはかつてベルリオーズが頭に描いていたマレットそのものではないわけですが、しかし、彼の様子から充分察するにプラッソン氏にとっては新たなサウンドを創造し得る新鮮な出会いであったことには違い有りませんでした。

そして彼は私がそのマレットでティンパニを演奏するのを見て、彼独自のしぐさで、目を細め、笑みを浮かべて、私の肩をたたいて励ましてくれました。

演奏中もそのマレットを使用する場面になると彼は私を遠くからのぞき込むようにして指揮してくださり、この幻想交響曲は当時まだ24歳のティンパニ奏者の私にとっても特に印象に残る演奏体験の1つとなりました。

打楽器奏者にとってのスティックやマレット

さて、私がこのことを書いたのも、打楽器奏者のスティックやマレットへの思い入れというものは非常に強いものがあると思うからです。スティックやマレットは単に音を出すための道具にとどまらず、私たち打楽器奏者の感性を正確に表現するものでなければなりません。かのベルリオーズでさえも、1830年ごろ、彼の高鳴る感情をその「la baguette d’eponge」による打楽器奏者の一打に託していたに違いないのですから。

その当時、マレットの指示を作曲家がするということはきわめて異例のことでした。

そこまでベルリオーズ自身が探究心を持って打楽器奏者に要求したのであれば、私たち打楽器奏者としては、細心の注意をもってスティックやマレットを選ぶべきだと思います!

作曲家が「こんな音が欲しい」と我々打楽器奏者に託した一音一音ですから、それを再現する場合にもよく考え抜いて表現することが演奏家に委ねられた責任といえるでしょう。私たちはそこにこそ演奏家としての熱意 を燃やしたいと思います。

打楽器奏者は何かと指揮者から音に対する注文をされます。例えば「もっと硬い音で!」硬いと言うより「もっと鋭く!」とか「歯切れの良い音で!」あるいは「もっと柔らかな音で!」または「もっと豊かな 音を!」さらには「もっと重量感のある音で!」等・・?

あなたはさまざまな音を引き出す道具としてのスティックやマレットを持っていますか?
あるいは、どんな時も同じスティックやマレットで済ませてしまっていますか・・・?。

スティックやマレットの選び方次第であなたの表現の幅は幾倍にも拡大するからです。

どんなマレットが理想なのか!

スティックやマレットと一言で言っても、多種多様のものがあります。

それらたくさんのスティックやマレットの特徴を知って自分が行う表現に最も適しているものを選択できるということも、秀れた打楽器奏者になるための要素の一つと言っても良いでしょう。

ではどのように音への創造性を触発するマレットを選ぶことができるでしょうか?

まず、スティックやマレットが自分に適しているかどうかを判断しなくてはなりません。

撥が自分の手の一部、あるいは手の延長となるかを考えましょう。いかにも自分が撥に振り回されているように感じるものは自分に合っているとは言えません。自分の手の大きさに見合った太さや重さ、長さのものを選ぶ必要もあります。

スティックを選ぶ際のチェックポイント

(1)スティックの木目が根本からバチ先までまっすぐに通っているかどうかをチェック。
(2)バチを平らな面で転がして曲がっていないかどうかをチェック。
(3)重さを測って左右2本のバチの重さが同じで有ることを確認する。(55~57g程度)
(4)それぞれのバチを打ち合わせてみて、同じ響きのものを選ぶ。

上に記した4つの条件を満たすスティックを探し出してください。

皆さんが行きつけのお店では私が記したような方法でバチ選びをさせてくれますか?

特に地方のお店では売れ残りを作りたくないせいかも知れませんが、どうぞ、お店に掛け合ってみてください。奏者は各人、自分に合ったスティックを選ぶべきです。

秀れた打楽器奏者は自分の表現の幅を広がるためにスティックもこだわって呵るべきです。